難治性の慢性咳嗽
患者像

65歳 女性(架空のものです)

監修

NPO法人 札幌せき・ぜんそく・アレルギーセンター 理事長

田中 裕士先生

CASE1
職業公務員
家族アレルギー疾患なし
喫煙歴なし
ペット
BMI23.5
アレルギーハウスダスト、ダニ
咳嗽持続期間20年間(乾性咳嗽)
併存疾患気管支喘息(咳優位型)、アレルギー性鼻炎、GERD、難治性の慢性咳嗽
胸部X線/CT異常なし
WBC(/μL)4,200
Eos(%)2.2
IgE(IU/mL)47.4
FVC(L)3.62
%FEV1(%)98.0
FEV1/FVC(%)66.6
FeNo(ppb)10
LCQ合計スコア9.0
咳VAS(mm)50
GERD:胃食道逆流症 LCQ:レスター咳質問票

経過/様子

  • 20年前に気管支喘息(以下、喘息)(咳優位型)、アレルギー性鼻炎と診断され、その頃から咳が続いている。
  • 秋と冬に咳が悪化する。
  • 咳は1日中出るが、夜間の咳は喘息治療薬の吸入を行っているため収まっている。
  • 約10年間通院しているが、日中の咳だけが止まらない。睡眠には影響がなく疲弊はしていない。
  • 気道可逆性試験では、一秒量の可逆性が認められ、ICS、ICS/LABA、ICS/LABA/LAMAを投与し呼吸機能は改善したが、咳の状態は変わらなかった。
  • 点鼻ステロイド薬、ヒスタミンH受容体拮抗薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬の服用も効果が認められなかった。
  • 非麻薬性中枢性鎮咳薬、漢方薬、抗てんかん薬でも効果が認められなかったものの、麻薬性中枢性鎮咳薬ではやや咳が減少した。
  • 心因性咳嗽も疑ったものの、精神安定薬では効果は認められなかった。
ICS:吸入ステロイド薬
LABA:長時間作用性β2刺激薬
LAMA:長時間作用性抗コリン薬

監修医師からのコメント

田中 裕士 先生

NPO法人
札幌せき・ぜんそく・
アレルギーセンター
理事長
田中 裕士先生

日本における慢性咳嗽の原因疾患として、喘息(咳喘息含む)が最も多いことが報告されており、GERDをはじめ複数疾患の合併も見られます1)。慢性咳嗽では、『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019』に基づいた治療が基本となりますが、一方で本資材で紹介した患者さんのように基本治療のアドヒアランスを遵守し、かつ検査値で特段の異常が認められない慢性咳嗽にも遭遇します。特に年単位で持続する慢性咳嗽では、様々な原因疾患の治療を行っていても、日中の咳だけが続いたり季節によって悪化する方も少なくありません。そのようなケースでは、難治性の慢性咳嗽患者と診断できると考えられます。また、適切な検査や治療のみならず、LCQや咳VASといった主観的評価指標も活用しながら患者さんの負荷を理解し、アプローチを選択することも重要です。

1)Kanemitsu Y, et al. Allergol Int. 2019; 68(4): 478-85.

30歳 女性(架空のものです)

監修

寺田内科・呼吸器科 院長

寺田 邦彦先生

CASE2
職業会社員
家族アレルギー疾患なし
喫煙歴なし
ペットなし
BMI21.0
アレルギーなし
咳嗽持続期間3ヵ月(乾性咳嗽)
併存疾患感染後咳嗽、咳喘息(疑い)
胸部X線/CT異常なし
Eos(%)2.2
FVC(L)3.85
%FEV1(%)105
FEV1/FVC(%)95
FeNo(ppb)21

経過/様子

  • 3ヵ月前から気道感染症をきっかけとした咳が悪化と軽減を繰り返しながら慢性化している。
  • 慢性気道感染症や後鼻漏所見、強制呼出による喘鳴、呼吸機能検査による気流閉塞は認められなかった。
  • 当初、医師から感染後咳嗽と診断され中枢性鎮咳薬を服用したものの、咳は治まらなかった。
  • 保育園に通う長男(3歳)の気道感染に伴い、自分自身の咳もたびたび悪化した。
  • 2~3ヵ月前から夜間主体の咳を伴うようになり、喘息(咳喘息)が疑われてICS/LABA、ICS/LABA/LAMAを吸入し、経口ステロイド薬の短期服用でも咳の回数は変わらなかった。
  • 基本的に気さくで明るい性格であり、心気症とは考えにくい。
  • 会社員という仕事柄やコロナ禍という状況により、咳によって「周りに迷惑をかけていないか」が気になる。また、他人の目が気になり外出しづらい気持ちを抱えている。
  • 夜間の咳により、自分の睡眠だけでなく家族の睡眠を妨げていることがストレスになっている。
ICS:吸入ステロイド薬
LABA:長時間作用性β2刺激薬
LAMA:長時間作用性抗コリン薬

監修医師からのコメント

寺田 邦彦 先生

寺田内科・呼吸器科
院長
寺田 邦彦先生

「医師を対象とした慢性咳嗽および難治性慢性咳嗽の原因疾患および治療に関するインターネット調査」では、慢性咳嗽患者さんのうち難治性慢性咳嗽の割合は呼吸器内科で20.9%、一般内科で24.4%、耳鼻咽喉科で19.1%であり、単一の原因疾患として感染後咳嗽が上位であることが示されました1)。特に、近年の新型コロナウイルス感染症の拡大以降は、感染後咳嗽に端を発した慢性咳嗽患者さんを診療する機会が増えています。
本資材の患者さんは、各種検査で異常がなく、咳喘息の治療を行っても咳が治まらなかったことが見受けられます。経過等から判断する限り、お子様が急性気道感染を繰り返し、ご自身もそれに度々曝露されることで感染後咳嗽を原因とする慢性咳嗽が3ヵ月以上続いたものと思われ、私自身も多く遭遇するケースです。このように、『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019』2)記載の原因疾患に対して治療を行っても咳が改善しない場合は、難治性の慢性咳嗽と診断できると考えられます。
また、今回のように「咳によって周りに迷惑をかけていないかが気になる」、「家族の睡眠を妨げていることがストレスになっている」など日常生活で困っている患者さんでは、治療に前向きなケースが多く見受けられます。かかりつけ医として、咳の状態だけでなく日常生活での様子にも耳を傾けるよう心がけています。

※治療によっても咳が抑えられず,さらに治療が必要と判断される患者さん
1)佐野 秀樹 他. 新薬と臨牀 2021; 70(10)1229- 55.【利益相反】著者のうち6名がMSD社の社員である
2)日本呼吸器学会, 咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019. メディカルレビュー社.