難治性の慢性咳嗽
患者像

CASE10

40歳 女性(架空のものです)

監修

山口大学大学院医学系研究科
呼吸器・感染症内科学講座 准教授

平野 綱彦先生

CASE10
職業会社員
家族アレルギー疾患なし
喫煙歴なし
ペット
BMI20
アレルギーなし
咳嗽持続期間5ヵ月(乾性咳嗽)
併存疾患喘息、咳過敏症症候群
胸部X線/CT異常なし
好酸球数30
%FEV1(%)133
血清lgE値35
FeNo(ppb)19
ACT23
咳VAS(mm)通常20、悪化時80

経過(イメージ)

ACT(喘息コントロールテスト)20点未満:コントロール不良、20~24点:Well control(良好な状態)、25点:Total control(完全な状態) ICS:吸入ステロイド薬、LABA:長時間作用性釦刺激薬、LAMA:長時間作用性抗コリン薬
1) Domingo C, et al. Respir lnvestig. 2024; 62(6): 987-994. 【利益相反】本研究はMSD社の支援により実施された

難治性の慢性咳嗽と判断するポイント

咳以外の症状や検査値は治療でコントロールできている

咳以外の症状や呼吸機能、FeNOなどの数値が異常を示している状態であれば喘息治療などのステップアップが必要となります。ただ、本症例のように治療で咳以外の症状が特になく、検査値も正常で喘息のWell control(ACT23点)の状態であれば、難治性の慢性咳嗽の可能性を疑って咳嗽治療の強化を検討します。

本来反応しない刺激に対して過敏になり、咳が抑えられなくなる

原因疾患の適切な治療を行えば、通常は慢性咳嗽が持続していても重症度は低いことがほとんどです。しかし、その中でも感冒などのきっかけで刺激(冷気、乾燥、香水など)に対して過敏になり、本症例のようにGERDや鼻副鼻腔疾患の合併がないにもかかわらず、数週から数ヵ月もの間、咳が悪化し抑えられなくなることがあります。

患者さんが「とにかく咳を抑えたい」と思うほど困っている(咳VAS≥60mm)

慢性咳嗽では、医師や患者さん問わず罹患年数が長いほど症状があっても「慣れ」が生じやすく、治療追加などの行動変容が起こりにくくなります。一方で、CHSのようにわずかな刺激でも咳が過敏に出てしまう時期が続き、重症度があがることも少なくありません。咳で「仕事にならない」「夜眠れない」など日常生活に支障をきたし、患者さんが「とにかく咳を抑えたい」状態(咳VAS≥60mm)1)であることを見出すことが重要です。

1)Domingo C, et al. Respir Investig. 2024; 62(6): 987-994. 【利益相反】本研究はMSD社の支援により実施された

慢性咳嗽における咳過敏症状の割合と咳嗽の持続因子(海外データ)

Kim Y, et al. ERJ Open Res. 2025; in press: 01357-2024.より作成 【利益相反】本研究はMSD社の支援により実施された

『咳嗽•喀痰の診療ガイドライン[第2版]2025』I 成人遷延性•慢性咳嗽への対応

※1:まずは単一ないし主要な原因について鑑別診断を進める。複数の原因をもつ場合もあることに留意し,どの段階からでも専門医への紹介を考慮しておく。
※2:肺結核などの呼吸器感染症,肺癌などの悪性疾患,喘息,COPD,喫煙による慢性気管支炎,気管支拡張症,薬剤性肺障害,心不全など。
※3:喀痰とは下気道からの分泌物を喀出したものであるが,上気道からの後鼻漏を喀痰と訴える患者も多い。上気道咳嗽症候群(UACS)については耳鼻咽喉科との連携を考慮する。鼻副鼻腔炎には,好中球性炎症を主体とする従来型の鼻副鼻腔炎と,好酸球性炎症を主体とする好酸球性鼻副鼻腔炎がある。
好酸球性鼻副鼻腔炎は喘息の合併が多い。診断はJESRECスコアで疑い,耳鼻咽喉科専門医に依頼する。
※4:喀痰塗抹・培養(一般細菌,抗酸菌),細胞診,細胞分画や胸部CT検査,副鼻腔X線またはCT検査を施行する。
※5:まずエリスロマイシン(EM)#を使用し(400mg 分2/日または600mg 分3/日),有効性が得られない場合や副作用が出現した場合は,他のマクロライド系抗菌薬を考慮する。クラリスロマイシン(CAM)#【内服薬】を「好中球性炎症性気道疾患」に対して処方した場合,当該使用事例を審査上認めるとされている(2011年9月28日厚生労働省保険局医療課)。
※6:治療的診断の効果判定までのおおよその期間を示した。いずれの疾患においても改善の兆しがない場合は他疾患の可能性にも留意する。
※7:PPI高用量やボノプラザン(P-CAB)の早期からの使用を検討する。効果発現には個人差も大きい。効果が乏しい場合,酸分泌抑制薬強化や消化管運動機能改善薬の追加投与を検討する。
日本呼吸器学会,咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025.p.v.メデイカルレビュー社.#適応外 ご使用にあたっては各社、電子添文をご参照ください。
承認外の効能又は効果の情報を含みますが、承認外の使用を推奨するものではありません。詳細は各電了添文をご参照ください。

監修医師からのコメント

山口大学大学院
医学系研究科
呼吸器・感染症内科
学講座准教授
平野 綱彦先生

難治性の慢性咳嗽では、原因疾患の治療や精査を経て
咳過敏症症候群(CHS)を見出すことが重要。

長年その症状と付き合っていると、医師側も患者側も「行動しない理由」を探す傾向が強くなります。これは現状維持バイアスの一種であり、満足度は決して高くないにもかかわらず従来の治療を続けてしまう現象が起きます。このことは、難治性の慢性咳嗽でも大いに当てはまり、咳そのものは持続しているにもかかわらず、症例が顕在化しない要因と考えます。この状況を打破するカギとなるのが、「咳過敏症症候群(CHS)」の特定です。通常は困らない程度の咳であっても、何かしらのきっかけでわずかな刺激でも過敏に咳が出始め、問診によって日常生活に影響が出ていることが判明することも多々あります。疫学調査でも、慢性咳嗽患者の41.8%が咳過敏症状を有しており、咳が持続する因子であったことも報告されました1 )。喘息などの十分な治療でも咳に関して「不十分/改善なし」の場合は、咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2025のフローチャートに沿ってCHSも考慮した治療が重要です。

1) Kim Y, et al. ERJ Open Res. 2025; in press: 01357-2024. 【利益相反】本研究はMSD社の支援により実施された