診療

慢性咳嗽のtreatable traits(英国胸部学会「成人慢性咳嗽に関するClinical Statement」1)2)

〈ポイント〉
Treatable traitsの概念とは、「治療可能な特性(trait)」を個々の患者ごとに見出して治療介入する考え方です。
咳嗽・喀痰診療におけるtraitsには、喫煙、ACE阻害薬、喀痰を伴う気道疾患、好酸球性気道疾患、その他の呼吸器疾患、GER、上気道疾患、睡眠時無呼吸症候群、肥満などが挙げられ、Treatable traitsを意識して咳の特徴をバイオマーカーを含め評価し治療を進めます。

重要なことは、慢性咳嗽の難治化病態を説明するcough hypersensitivity(咳過敏症)がtreatable traits に含まれていることとされており、このことを見過ごして行われる「原因」だけの治療はしばしば不成功に終わることが強調されています。

成人遷延性・慢性咳嗽への対応

慢性咳嗽の診療は問診や所見、画像検査などにより、原因を特定することが基本で1)

『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン[第2版]2025』では、成人遷延性・慢性咳嗽(3週間以降)への対応フローチャートが示されています。
はじめに、医療面接、身体所見、胸部X線写真などで原因を推定し、原因が特定できる場合には、広義の慢性咳嗽として各原因疾患の診療ガイドラインに沿って治療を行います。原因が特定できない場合には、狭義の慢性咳嗽として、頻度の高い疾患を想定して治療的診断を行います。喀痰がある場合(湿性咳嗽)には、副鼻腔炎などの精査を行い、副鼻腔気管支症候群(SBS)の治療的診断を開始します。喀痰を伴わない場合(乾性咳嗽)には、咳喘息やGERD等の主要な疾患に焦点を当て治療的診断を行います。
乾性咳嗽で治療的診断を行う等、十分な治療を行っても「改善なし/不十分」と判断した場合の対応として、
1.対応可能な要素(Treatable traits)をCT検査、耳鼻咽喉科、消化器科などへの紹介などで追及し、原因精査を行う
2.難治性咳嗽[推定される原因治療に不応性(RCC)/原因不明(UCC)]では咳過敏症症候群(CHS)としてP2X3受容体拮抗薬の使用を検討する
3.専門医への紹介を考慮する
の3通りが記載されています。

成人遷延性・慢性咳嗽への対応

1)

海外のガイドラインやコンセンサス報告で推奨されている専門外来での基本的な検査は、胸部単純X線撮影、スパイロメトリー、FeNO、末梢血好酸球数とされています。

検査

病歴と治療

【狭義の慢性咳嗽(原因が容易に特定できない咳嗽)1)
遷延性・慢性咳嗽の各原因疾患に特異的な病歴と治1)

遷延性・慢性咳嗽の診断は、病歴と検査所見から疑い診断(治療前診断)をつけることから始まり、治療前診断に対する特異的な治療を行い、それが奏効して初めて確定診断がつきます。そのため、咳嗽の持続期間、痰の有無に加え、各疾患に特異的な病歴および治療法を熟知する必要があります。

遷延性慢性咳嗽の主な原因疾患の特異的治療

診断基準

咳喘息の診断基1)

咳喘息は8週間以上続く喘鳴や呼吸困難を伴わない咳嗽です。3~8週間であっても診断は可能とされますが、3週間未満では確定診断しないこととされています。
また、気管支拡張薬が有効とされており、診察中や突発的な咳であれば短時間作用性薬剤の吸入により即座に効果判定が可能となります。夜間の咳が続く場合には、長時間作用性の薬剤(貼付もしくは吸入)を1~2週間用いることとされています。

咳喘息の診断基準

アトピー咳嗽の診断基1)

アトピー咳嗽は、8週間以上の咽喉頭のイガイガ感を伴います。
喘鳴や呼吸困難を伴わない乾性咳嗽が3週間以上持続し、アトピー素因または誘発喀痰中好酸球増加が確認された例において、咳喘息に有効な気管支拡張薬が無効であることを確認した上で、ヒスタミンH1受容体拮抗薬やステロイド薬が有効であった場合に治療的診断をすることができます。

アトピー咳嗽の臨床像

通年性喉頭アレルギー(慢性)を疑うポイン1)

通年性喉頭アレルギーを疑う場合、咳嗽および咽喉頭異常感が8週間以上持続し、アトピー素因が確認された例で、下気道疾患、GERDならびに後鼻漏症候群が除外され、治療的診断としてヒスタミンH1受容体拮抗薬が著効することがポイントとなります。
なお、季節性の基準は、通年性喉頭アレルギー診断基準の1と2を、花粉飛散時期として期間の条件を外したものとなります。

通年性喉頭アレルギー(慢性)を疑うポイント

胃食道逆流症(GERD)による咳を疑う病歴の特徴(治療前診断)と治療効果による確定診断(治療後診断)のポイン1)

GERDによる咳嗽の診断は、まず病歴や問診を中心に治療前診断を行い、PPI/P-CAB、消化管運動機能改善薬ならびに肥満・食生活の改善といった胃食道逆流(GER)に対する治療により、咳が消失または緩和することで確定診断となります。
GERDに特徴的な病歴として、会話、食事、起床、上半身の前屈ならびに体重増加などに伴う咳の悪化や、胸やけ等の食道症状、咳払いならびに嗄声等の咽喉頭症状を伴うことなどが挙げられます。また、咳込みによる嘔吐、咳の原因と考えられる薬剤の服薬がなく、咳喘息や上気道疾患等の咳の原因に対する治療への反応が不十分である場合にもGERDの合併を疑います。

GERDによる咳を疑う病歴の特徴(治療前診断)と治療効果による確定診断(治療後診断)のポイント

感染後咳1)

感染後咳嗽とは、「急性呼吸器感染症(特にかぜ症候群)の後に続く、胸部X線写真で肺炎などの異常所見を示さず、通常、自然に軽快する遷延性ないし慢性咳嗽」と定義されます。
臨床的な診断が基本であり、①かぜ症候群が先行していること、②遷延性咳嗽あるいは慢性咳嗽を生じる他疾患が除外できること、③自然軽快傾向がある場合に診断されます。

副鼻腔気管支症候群(SBS)の診断基1)

副鼻腔気管支症候群は、呼吸困難発作を伴わない湿性咳嗽が8週間以上持続し、副鼻腔炎を示唆する症状や検査所見、画像所見を認め、14・15員環系マクロライド系抗菌薬や喀痰調整薬による治療が有効であった場合に確定診断されます。副鼻腔の上気道と気管支・細気管支領域の下気道における好中球性気道炎症の存在を確認することが重要であるため、鼻汁および喀痰塗沫標本中に好中球の増加を認めることが参考となります。

SBSの診断基準

咳嗽治療薬の分1)3)

咳嗽の診療ガイドラインでは、可能な限り原因を見極めて疾患特異的な治療を行うことが推奨されてきました。しかし、特異的治療ですべての咳を抑制できるわけではない、と解説されています。
乾性咳嗽に対する非特異的治療薬は、咳反射を抑制する直接的治療薬と間接的治療薬(抗炎症薬、気管支拡張薬など)に分類され、直接的治療薬は、脳に作用する中枢性の薬剤と、末梢性薬剤に分類されます。

咳嗽治療薬の分類

『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン[第2版]2025』 Clinical Question(CQ)一1)

『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン[第2版]2025』では9つのクリニカルクエスチョン(CQ)が設定され、咳嗽・喀痰の原因疾患に対する吸入ステロイド薬(ICS)、プロトンポンプ阻害薬(PPI)、抗コリン薬、P2X3 受容体拮抗薬、喀痰調整薬、マクロライド系抗菌薬の有用性と推奨度が明らかにされました。

『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン[第2版]2025』 Clinical Question(CQ)一覧

評価

咳嗽の評価方法として様々なPRO(Patient reported outcome)評価が推奨されていま1)-8)

『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン[第2版]2025』では、様々な評価指標が示されています。
咳VASは、患者が自分の咳の程度を「0:まったく気にならない」から「100:耐えられない」までの間で表現する主観的評価法で、簡便であることから汎用されていま1)4)5)また、よりシンプルに0から10の11段階で評価するNRSも推奨されていま1)
レスター咳質問票(LCQ)は、身体面・精神面・社会面の計19項目の質問からなり、各質問について7段階で評価するものです。スコアが高いほどQOLは良好と判断しま1)6)-8)
咳症状スコアは、昼間と夜間に分けて咳の頻度、強さ、全体的インパクトを評価しま9)
咳重症度日誌(CSD)は、7項目からなる簡便な日誌で、咳の重症度とインパクトを評価しま10)

咳嗽の評価方法

文献

  • 日本呼吸器学会, 咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版 2025. メディカルレビュー社.
  • Parker SM, et al. Thorax. 2023;78(Suppl 6):s3-s19.
  • 新実彰男. 主な呼吸器用薬剤の作用機序と適応: 咳嗽治療薬. 弦間昭彦, 西岡安彦, 矢寺和博(編). 呼吸器疾患最新の治療2025-2026. 東京: 南江堂: 2025.
  • Morice AH, et al. Thorax. 2006; 61 Suppl 1: i1-24.
  • Nguyen AM, et al. Ther Adv Respir Dis. 2021; 15: 1-13.[ 本研究はMerck & Co., Inc., の支援によって実施された]
  • Birring SS, et al. Thorax. 2003; 58(4): 339-43.
  • 新実彰男、小川晴彦.日本語版レスター咳質問票(J-LCQ)[ LCQ日本語版は新実彰男先生、小川晴彦先生が著作権を保有している]
  • Nguyen AM, et al. Ther Adv Respir Dis. 2022; 16: 1-13.
  • Hsu JY, et al. Eur Respir J. 1994;7:1246-53.
  • Veron M, et al. Ther Adv Respir Dis. 2010; 4(4) : 199-208. [本文献の著者にMerck & Co., Inc.,の社員が含まれる]